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抗がん剤曝露対策


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最適ながん治療の提供と職業被曝ゼロのために

 抗がん剤は、がん治療において欠かせない武器の一つですが、他領域の薬に比べて副作用リスクが高いという特徴を持ちます。私たち名古屋市立大学病院 薬剤部は、安全かつ有効で、患者さん一人ひとりにとって最適な抗がん剤治療を提供すべく様々な取り組みを行っています。
 薬剤師は従来から、がん治療において「抗がん剤調製」の仕事を担ってきました。抗がん剤調製とは、患者さんの治療内容・体格・検査値などの情報から抗がん剤の種類や投与量が適切であるかを判断し、注射用抗がん剤を無菌環境下で正確に量り取り点滴用輸液バッグなどに混ぜることです。また最近では、服薬指導や薬剤師外来、治療開始後の副作用モニタリングなど、副作用の予防や早期発見によって治療の質を向上させる取り組みにも力を注いでいます。
 一方、様々な取り組みを行うためには仕事の効率化も不可欠です。また、抗がん剤が患者さんにとって副作用リスクが高いのと同様、医療従事者の健康にも悪影響を与え得ることがあり(「職業曝露」と言います)、働く側の安全性確保も大変重要です。
 本項では、「患者さんへの最適ながん治療の提供」と「職業曝露ゼロ」を目指した私たちの取り組みをご紹介します。

優れた最新機器の積極的な導入

当院が導入している抗がん剤調製に係る機器

 抗がん剤調製には職業曝露リスクを低減するための様々な機器が必要です。私たちは最新機器を積極的に導入し職業曝露リスクをコントロールするとともに、抗がん剤調製業務の効率化も実現しています。
 当院では、2012年5月に喜谷記念がん治療センター(東棟)が新設され、抗がん剤調製室が設置されました。この際、「職業曝露ゼロ」の目標を掲げ、職業曝露リスクを低減するための最新機器「陰圧式アイソレーター ChemoSHIELD®(ケモシールド)」および「抗がん剤自動調製ロボット CytoCare® (サイトケア)」を導入しました。抗がん剤自動調製ロボット(ロボット)とは、人がほぼ介在することなくロボットアームにより注射用抗がん剤を自動調製することのできる機器です。さらに2021年1月には、サイトケアに代わる後継機として新たなロボット「ChemoRoTM(ケモロ)」への切り替えを行っています。
・陰圧式アイソレーター ChemoSHIELD®(ケモシールド)
 ケモシールドは密閉式の無菌調製用陰圧アイソレーターです。安全キャビネットの中で最も安全性が高いクラスIIIに分類されます。

・抗がん剤自動調製ロボット CytoCare® (サイトケア)
 抗がん剤自動調製ロボットは、主に次の2つの特徴を持ちます。
 (1) 職業曝露リスクの低減
 薬剤師の手動での調製ではなくロボットが自動で注射用抗がん剤を調製するため、職業曝露リスクを低減できます。
 (2) 薬剤師ライセンスを持たない調製補助者によるサポートが可能
 薬剤師はロボット調製完了後の最終鑑査を行います。調製の際のロボットへの薬剤のセットや出来上がった薬剤の取り出しなどは調製補助者(非薬剤師)が行うことが可能です。

 2021年1月、サイトケアはその役目を終え、「抗がん剤自動調製ロボット ChemoRoTM(ケモロ)」への切り替えを行いました。

ケモシールドおよびサイトケア導入後の変化

・個人用防護具(Personal Protective Equipment: PPE)
 通常の安全キャビネット(クラスII)で抗がん剤調製を行う場合、ガウン、キャップ、ゴーグルなど個人用防護具(PPE)を着用する必要があります(図4. 写真左)。しかし、当院ではケモシールドおよびロボットの導入によって職業曝露リスクの低減が得られたため、手軽に装着・脱着が可能なアームカバーと手袋のみで調製が行えるようになりました(図4. 写真右)。

・「調製待機時間」への影響
 PPEの変化は、抗がん剤調製業務の際に発生する薬剤師の「待機時間」の短縮に繋がっています。
 抗がん剤調製の1日の仕事の中には、外来患者さんの来訪を待つ「待機時間」がどうしても発生します。重装備のPPEを一旦装着すると、隙間時間である「待機時間」に他の仕事を行うことは困難でした。ケモシールドおよびサイトケア導入後、装脱着が比較的手軽な軽装備のPPEに変更することが可能となり、抗がん剤調製業務を行う薬剤師の「待機時間」を大幅に減少させ、隙間時間の有効活用が可能となりました(表1)[1]。

抗がん剤自動調製ロボット ChemoRoTM(ケモロ)

 2021年に導入したロボット「ケモロ」は、サイトケアの性能を大きく上回ります。ケモロは、サイトケアで述べた2つの特徴に加え、次の3つの特徴を持ちます [2]。

(1) 多種類の抗がん剤の調製に対応
 サイトケアで調製を行っていた抗がん剤は8種類でしたが、ケモロは当院では40種類の調製に対応しています。
(2) 予約・連続自動運転機能(予約調製機能)
 ケモロは、ロボットへの薬剤のセットとともに即時に調製が開始される「即時調製機能」に加え、「予約調製機能」を持ちます。予約調製では、調製完了時刻を指定のうえ薬剤およびシリンジ(注射器)などの医材をセットしておくと、調製に要する時間を逆算し自動で調製が開始されます.当院の仕様では、最大17処方を予約調製としてセットすることが可能です。
(3) 高い調製精度
 ロボットは薬剤ごとの比重に基づき正確に抗がん剤を量り取ることが可能です。特にケモロは、サイトケアと比べても高い精度での調製が可能です。
・ケモロの導入による抗がん剤調製業務の効率化
 2種類の抗がん剤自動調製ロボット(サイトケア, ケモロ)が、薬剤師の抗がん剤調製業務の効率化に与えた影響について検討を行いました [2]。
 ケモロのロボット調製割合は、サイトケアと比較し約30%から約50%へ増加しました(表2)。

 この結果は、前述したケモロの特徴である「多種類の抗がん剤の調製への対応」や「予約調製機能」の影響であると考えられます(図7)。

 さらに、ロボットの導入による、薬剤師が調製業務に従事する時間の変化を調査しました。全ての抗がん剤の調製を薬剤師が手動調製によって行ったと仮定した場合の所要時間(中央値 [四分位範囲])と比べ、サイトケアで平日1日当たり3.45時間 [1.97-4.32時間]、ケモロで6.35時間 [4.96-7.15時間] が短縮されると計算され、サイトケアからケモロへの切り替えによって1日約3時間の調製業務従事時間の短縮が得られたと考えられました(図8)。

医療従事者にとって安心・安全な職場曝露のない環境づくり

 私たちは、様々な機器を活用した取り組みに加え、ポリ袋を用いた運用上の工夫も行っています。また、実際に環境や医療従事者への曝露調査を行い取り組みの効果を検証しています。
① ポリ袋を用いた運用上の工夫
 調製した抗がん剤の輸液バックの表面には抗がん剤が付着している可能性があり、取り扱う医療従事者や環境への曝露が懸念されます。当院では、ポリ袋を利用した曝露対策を行っています。

 調製後の輸液バッグ表面と、ポリ袋に入れた後のポリ袋表面の拭き取り調査を行った結果、輸液バッグ表面からは抗がん剤が検出されましたが、ポリ袋表面からは検出されませんでした。ポリ袋は安価で運用も簡便であり、曝露対策に有効であると考えられました。
② 抗がん剤調製室における環境曝露調査
 シクロホスファミド、イホスファミド、ゲムシタビンの3種類の抗がん剤を対象に、抗がん剤調製室における調製スペースの拭き取り調査を行い、環境曝露について調査しました。

 図10の赤枠の箇所の拭き取り調査を行った結果、安全キャビネットではどちらの箇所からも抗がん剤が検出されました。しかし、ケモシールドではゲムシタビンが全面ガラスおよび床面から1回ずつ検出されましたが、シクロホスファミドとイホスファミドは検出されませんでした(表3)。

③ 外来化学療法室における環境曝露調査
 フルオロウラシルとシクロホスファミドの2種類の抗がん剤を対象に、外来化学療法室内の環境曝露調査を行いました。調査箇所は、図11の赤枠のとおり、看護師による抗がん剤の「点滴準備スペース」、点滴投与する際に使用する「輸液ポンプ表面」、「ベッドサイドの台車の上」としました。調査箇所にシートを貼付し、5日間貼付後のシート表面に付着した抗がん剤の量を測定しました。

 その結果、点滴準備スペースと輸液ポンプ表面からフルオロウラシルがわずかに検出されましたが、ベッドサイドの台車の上からは検出されませんでした。また、シクロホスファミドはいずれの場所からも検出されませんでした。
④ 医療従事者への曝露調査
・抗がん剤調製者(薬剤師)の曝露調査
 抗がん剤調製業務に従事した薬剤師の尿を採取し、サンプル中の抗がん剤の量を測定しました。対象の抗がん剤はシクロホスファミド、イホスファミド、ゲムシタビンの3剤としました。
結果は、安全キャビネットでの調製時にはイホスファミドが検出されましたが、ケモシールドと抗がん剤自動調製ロボットを導入後はいずれも検出されませんでした。

・看護師の曝露調査
 外来化学療法室に勤務する看護師の尿をサンプルに、シクロホスファミドを対象とした同様の検討を行いましたが、当調査においても抗がん剤は検出されませんでした。

地域のがん医療への貢献

 厚生労働省による「がん診療連携拠点病院等の整備に関する指針」では、病院が「医療の質改善」に取り組むうえでの方向性が示されています。そこでは、PDCAサイクル(問題解決に向けた行動を「Plan」「Do」「Check」「Action」の4つに分類し解決に導く手法)を用いた診療機能の評価と、課題を院内で共有し組織的な改善策を講じること、さらに病院間で共有と相互評価を行い地域に対して広報を行うことが求められています。
 愛知県では、2014年10月、当院を含めた愛知県下のがん診療連携拠点病院27施設 (2022年現在) からなる「愛知県PDCAサイクル推進検討部会」が発足し、様々な臨床課題の解決に向けた活動を行ってきました。当院では、2020年度以降、「イリノテカン初回投与時の安全性向上対策」について取り組んでおり、学会でもその成果を発表しています(日本病院薬剤師会東海ブロック・日本薬学会東海支部 合同学術大会2022)。

今後に向けた展望

 本項では、抗がん剤調製や抗がん剤治療における私たちの様々な取り組みについて紹介しました。
 近年、抗がん剤治療の進歩は目覚ましく、治療成績が大きく向上しています。一方で、治療を安全に行うためには医療者が治療に関して正しい理解を持ち、患者さんへの情報提供と副作用対策の充実化が必要不可欠です。私たち薬剤師は知識を更新するための日々の努力を怠らず、医師・看護師等とのチーム医療をとおして一人ひとりの患者さんに最適な治療を提供できるよう全力でサポートし続けることを約束します。また、大学病院として今後も研究に真摯に取り組み、学会発表や論文投稿をとおして「今より良いがん治療」の創出に貢献していきたいと考えています。さらに、地域の保険薬局とも密に連携を図り、外来通院患者さんの治療のサポートにも積極的に取り組んでいきます。
【出典】
1. 医療薬学. 2016; 42(3).209-214
2. 医療薬学. 2022; 48(6).229-239